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松山地方裁判所 昭和26年(行)23号 判決

原告 木村秀太郎

被告 松山税務署長

一、主  文

被告が昭和二十六年十月三日原告に対してなした別紙目録記載の物件に対する差押処分は之を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告は主文同旨の判決を求め、その請求原因として、被告は昭和二十六年十月三日、原告の昭和二十五年度の滞納税額十万四千二百五十円及び昭和二十六年度一期の滞納税額三万五千百三十円を徴収するため、松山市一番町の原告の法律事務所備付の別紙目録記載の物件を差押えたが、原告は右差押に来た大蔵事務官松根朝久に対して国税徴収法(以下法と称す)第十七条に基き右の物件は原告が弁護士業を営むのに必要な器具であるから原告所有の松山市一番町甲七番地第四、宅地八十一坪八合及び同所七番地第六、宅地十坪九合(以上の価格は時価約百万円で、本件滞納税額並びに滞納処分費を償つて余りある価格である)を提供するから、右物件の差押をしないように申出たのに拘らず、右事務官は右物件は法第十七条第二号に謂う「職業に必要なる器具及び材料」に当らないとして強引に差押をなした。然しながら、或物件が職業に必要なものであるか否かは物件そのものゝ物理的性質によつて決まるのではなくその人の職業の種類性質といつたような社会的事情によつて定まるのであつて社会的に相当な体面を維持すべき弁護士業においては右物件は職業上必要な器具と言いうる。殊に滞納者が法第十七条によつて滞納処分費及び税金を償うに足る物件を提供した場合は、その物件によつて完全に国税徴収の目的を達し得て而かも何等の不都合を来すことがないから、同条第二号に所謂「職業に必要なる器具及材料」の意義も之を厳格に解する必要と実益は殆んどなく、職業に必要なものは勿論、職業上有益なものをも包含するものと解すべきである。従つて右差押は法第十七条に基く滞納者の正当な選択権を無視した違法な処分といわなければならないから、右差押処分の取消を求めるため本訴に及んだと述べ、被告の本案前の抗弁に対しては、原告は訴願の手続を経て本訴を提起したものである。即ち再調査の請求は必ずしも書面によることを要しないものと解すべきところ、原告は既に前記差押に対し口頭で再調査の請求をなしておるのであつて、仮りに再調査の請求は書面によることを要するものであつて、原告の再調査の請求に書面によつていないという形式的不備があるとしても、被告においては右請求に基いて既に右差押の一部解除の裁決をなしているのであるから、原告の再調査の請求の形式的不備は治癒されたものといわねばならない。と答弁し更に、仮りに原告が訴願の手続を経ずして本訴を提起したとしても訴は適法である。即ち、滞納処分による動産の差押は原則として、収税吏が之を占有してなすものであり、本件差押のように滞納者に保管を委ねたような場合でも、収税吏は何時でもその保管を解き自ら占有をなし得る状態にあり、且差押物件は公売に付されるのであつて、公売の開始には法定事項を公告することを要するのであるが、公告の方法等については一定の制限がなく、滞納者に対しては勿論、利害関係人に対しても之を通知する必要なしとされている。従つて原告が訴願の裁決をまつて訴を提起するとすればその間に職業に必要な差押物件の占有は奪われ、職業に支障をきたすばかりでなく、不知の間に、公売手続は進行して遂に訴願の裁決を経る利益を喪失することになるのは明らかであるから、本件のような場合は、「訴願の裁決を経ることによつて著しい損害を生ずる虞ある場合その他正当なる事由ある場合」に該るといわなければならない。従つて本訴は何等不適法ではないと主張した。(立証省略)

被告指定代理人等は、先ず本案前の抗弁として、訴却下の判決を求め、その理由として、原告は本訴提起にあたり訴願の手続を経ていない。凡そ本件のように滞納処分に対して異議のある者は、当該処分にかゝる通知を受けた日より一ケ月以内に不服の事由を記載した書面で、当該処分をした税務署長に対し再調査の請求をなし、その決定に対し不服あるときは更に書面で、国税局長に審査の請求をなし、それに対する審査決定を経た後でなければ原則として、訴の提起は出来ないのであるが、原告は、被告が本件差押処分をなしその通知をなした十月三日より一ケ月以内に不服の事由を記載した書面で、被告に再調査の請求をなしたことはない。勿論審査の請求は未だされていない。再調査の請求は書面による要式行為であり、口頭を以てしても無効である。原告は十月九日被告の所部職員に対し口頭で苦情を述べたが、これを以て再調査の請求とは解し得ない。従つて、これを前提とする再調査の決定はありえない。差押物件中の一部につき被告が昭和二十六年十月二十四日差押解除(処分の一部取消)をしたからといつて、これは再調査の決定処分としてなしたものでなく、自由裁量行為としてなしたに止るのであつて、斯様な一部取消処分をしたからといつて前記口頭による原告の申出が適式な再調査の請求となることはない。従つて本訴は不適法であると述べ、原告の「本件は訴願の裁決を経ることにより著しい損害を生ずる虞ある場合にあたるから訴願を経ることなく訴を提起しても不適法でない」との主張に対しては、本物件は差押と同時に原告に保管を命じ使用を許可しているから、現に職業に支障は生じておらず損害も生じていない。将来公売処分を続行しても公売公告の初日から公売期日までには少くとも十日間の期間を置くことを要し、本件にあつてはそれ以前に所定公売執行場所まで物件の運搬も行わなければならず、また被告はすべて滞納処分をうけた者に対し公売決行前に差押物件の引揚及び公売についての知らせをなして納税方を勧奨しているから原告不知の間に公売がなされるということはありえないし、所得税法第三十五条第二項の規定により確定申告書の提出期限である昭和二十七年一月三十一日までは公売はできないのであるから、被告が殊更に、公売処分を急速に実行し、その間救済手段を講ずる余地をなくするようなこともない。若し公売が実行されるに至つても右期間内に真に償うことのできない損害を避けるため緊急の必要を生じたならば原告は執行停止命令を得てその執行の停止を求めることも出来るから今直ちに訴願の手続を経ずに本件処分の適否の判断を求めて置かねばならぬ程の事由はないし、仮りに被告の処分が違法であつたとしても原告は公売に附せられた物件の対価相当の損害等通常の損害を蒙るに止り、それより過大の損害を生ずることはないから本件は法第三十一条ノ四第一項但書後段の場合に当らない。従つて結局本訴は不適法であると述べ、更に本案については、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を決め、答弁として原告の請求原因事実中、被告が昭和二十六年十月三日、原告主張の如き滞納税額を徴収するため、その主張のような物件を差押えたこと、その差押に際し、原告がその主張のような不動産の提供を申出たこと、右不動産が本件滞納税額及び滞納処分費を償うて余りある価格を有することは認めるが、その余は否認すると述べ、本件物件は弁護士業を営むに必要な器具及び材料に当らない。物件が職業に必要か否かは最低生活を維持するために又は最低生活費を獲得するために必要か否かできまる。仮りに本件物件が職業に必要な器具、材料に当るとしても原告提供の本件不動産を必ず差押えなければならないものでない。もし他に徴収手数料税金を償うに足る相当の物件が存在するか、または相当の物件が提供されるならば、それを差押えるべきであるが、徒らに租税債権額より遙かに過大な価格のある本件不動産を差押公売することは却つて不当といわねばならない。と述べた。(立証省略)

三、理  由

本件訴が適法であるか否かの点について判断するに、国税徴収法第三十一条ノ四によれば再調査の請求又は審査の請求の目的となる処分の取消を求める訴は、原則として審査の決定を経た後でなければ提起出来ないのであるが、本件訴が再調査の請求又は審査の請求の目的となる処分であることは明らかであり、原告が右審査の決定を経ずして本訴を提起したものであることは、弁論の全趣旨から明白であるから、他の判断を俟つまでもなく、本訴は前提要件としての訴願手続を完全には経ていないといわねばならない。

然しながら、滞納処分としての動産の差押は原則として収税官吏が之を占有してなすのであり、本件物件が原告の保管に委ねられていることは当事者間争ないところであるが、此の様な場合でも収税官吏は何時でも右保管をといて自己の占有に移して、原告の使用を阻止しうる状態にあると解せられ、また差押物件は公売に付せられるのであつて、公売の開始については、法定事項を公告することを要するが滞納者に対して通知することは法令上強制されておらないから、滞納者不知の間に差押物件の公売が行われる事態が起りうるといわねばならない。尤も証人松根朝久の証言及びそれによつて真正に成立したと認められる乙第二、三号証の各記載によれば、一般に公売をする場合には被告は事実上常に差押物件の引揚及び公売期日を滞納者に通知していることが認められるし、また、公売期日は、公売公告の初日から少くとも十日間の期限を置くことを要するものではあるが差押物件は結局公売に付せられるものであり、(所得税法第三十五条第二項により原告の昭和二十六年度一期の滞納税額についての差押物件は確定申告書の提出期限までは公売出来ないけれども、昭和二十五年度の滞納税額については右の如き公売の制限はなく、本件差押が原告の昭和二十五年度及び昭和二十六年度一期の滞納税額についてなされたものであることは争ないから、被告が昭和二十五年度滞納税額徴収のため公売をなす以上右のような公売の制限はないといわねばならない。)仮りに公売公告と同時に原告が公売処分の行われることを知つたとしても、公売期日までには短い場合には十日しか猶予がないのであるから、その間に、再調査の請求及び審査の請求をなして決定を得ることは容易に期待出来ないと考えられ、のみならず法第三十一条ノ二第三項、第三十一条ノ三第二項によれば再調査の請求、審査の請求をなしたとて滞納処分は続行をさまたげられないのであり、その際被告に対し滞納処分の続行の停止を求めても、停止がなされるとは限らず、むしろ本件差押に際し原告がその滞納税額及び滞納処分費を償うに足る物件を提供したにも拘らず之を差押えず、収税官吏において本件動産の差押を執行したものであることは当事者間争ないところであるから、此の様な事情から原告としては右停止の申請をしても容れられず、再調査の請求及び審査の請求をしても認容されずしていずれ公売は強行されるものと考え、また公売が何時なされるか極めて不安に考えるのが通常であるといえる。加之本件差押物件は何れも原告の弁護士業経営上必要なものであること後記認定の通りであるから、本件差押処分に対して再調査並審査の手続を経た後に出訴するとすれば、その間に職業に必要な本件差押物件の占有を奪われ、次いで公売が行われるときは原告は本件物件の所有権を失い、返還を求めることが不可能になる虞があり、従つて原告の職業遂行上に支障を来す虞があると謂うべきである。尤も被告は公売が行われたとしても本件差押物件の対価相当額の損害あるに帰し結局通常の損害を蒙るに過ぎずと主張するけれども該主張は採用し難い。以上の事柄を考え合すと本件の様な場合は特段の事情のない限り法第三十一条ノ四但書の「再調査の決定又は審査の決定を経ることにより著しい損害を生ずる虞あるときその他の正当なる事由あるとき」に該るといつて差支ないから訴願手続を完全に経ていないけれども結局本訴は適法であるといわねばならない。

本案について考えるのに、被告が昭和二十六年十月三日、原告の昭和二十五年度の滞納税額十万四千二百五十円及び昭和二十六年度一期の滞納税額三万五千百三十円を徴収するため、松山市一番町の原告法律事務所備付の別紙目録記載の物件を差押えたこと、その差押に際し原告は自己所有の松山市一番町甲七番地第四、宅地八十一坪八合及び同所七番地第六、宅地十坪九合の提供を申出たこと、右不動産が本件滞納税額及び滞納処分費を償つて余りある価格を有することは当事者間に争ないところである。そこで本件差押物件が原告の職業に必要な器具に当るかどうかについて考えるのに、国税徴収法も業務上欠くべからざる物と職業に必要なものとは区別して扱つておるところから見て、職業に必要なものは職業に不可欠なものというより範囲が広いと考えられるし、また職業に必要な器具材料は他に滞納処分費及び税金を償うに足る物件を提供したときに差押えないというにすぎないから、狭く解する実益はなく、広く解しても何等国税徴収の目的を阻害しないから、職業遂行を容易ならしめ、また遂行に有益なものも含まれると解すべきところ、本件物件が備付けられている原告の事務室は洋間であることは証人白石近章の証言によつて認められ、弁護士は職業上頻繁に依頼者の訪問をうけて之に応接しなければならず、また書類を作成しなければならないことが極めて多いことは明らかだから、弁護士たる原告にとつて、洋間の事務室には本件差押にかゝる組立椅子一、籐椅子(応接用)二、帽子掛一、額三、置時計一、雑用置脇机二、扇風機一、邦文タイプライター一は何れも職業に必要な器具ということが出来る。しかして法第十七条によれば滞納者が、他に税金及び滞納処分費を償うに足る物件を提供して該物件の差押を求めたときは、職業に必要な器具は差押をしてはならず、その際提供物件の価格が税金額に比し過大であるからといつて該物件を差押えず、職業に必要な器具を差押えることは許されないと解すべきであるから、結局被告の本件差押処分は法第十七条に違反する違法処分といわなければならない。

仍て之が取消を求める原告の請求は正当であるから認容し、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 加藤謙二 橘盛行 荻田健治郎)

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